東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12144号 判決
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【判決理由】次に被告の表見代理の主張について検討する。まず、前記売買契約当時原告と西垣英一とが婚姻関係にあつたことは当事者間に争いないところ、被告は、西垣英一はその当時民法第七六一条により日常家事に関し原告を代理する権限を有していたとし、そのことを民法第一一〇条適用の一つの基礎として主張しているので考えるのに、民法第七六一条は、直接には夫婦の一方のした法律行為によつて生じた債務についての夫婦の責任の面のみについて規定しているが、同条は夫婦の一方が家計のため他の一方の財産を処分したような場合も含むものというべく、そうした場合を考慮すれば、同条は日常の家事に関し必要な限り夫婦の一方が他の一方を代理する権限を有することを前提としたものと解するのが相当であるし、また範囲の明確でないそうした権限の逸脱があつた場合には取引安全の見地から表見法理の適用が肯定されてしかるべきである。しかしながら、右の権限は抽象的ではあるが、日常家事に関する事項に限られ、そのことは法律の規定から何人も知り得べきことであるから、夫婦の一方が他の一方を代理して行なつた行為については、他に何らかの法律行為を行なう代理権限の授与がない以上、第三者において日常家事の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があるときに限り、日常家事代理権を基礎として表見代理の法理を適用するのが妥当である。
ところで、右売買契約当時原告が西垣英一に対し何らかの法律行為を行う代理権を与えていたことはこれを認めるに足る証拠がない。この点について、被告は、原告は右売買契約当時自己の印鑑および印鑑証明書を西垣英一に交付していたから、同人に対し本件不動産の処分に関する何らかの代理権を与えていたものである旨主張しているが、仮りに被告主張の事実があつたとしても、そのことから直ちに原告が西垣英一に対し被告主張のような代理権を与えたものとみることはできない。しかも前記売買契約当時原告が西垣英一に自己の印鑑を交付した旨の証人西垣英一の証言(第一回)は、証人西垣英一の証言(第二回)および原告本人の供述に対比して措信できず、他に右被告の主張事実を認めさせるに足る証拠はない。
そこで、本件において表見代理が成立するかどうかは、被告が、西垣英一において前記売買契約をしたことをもつて日常家事の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたかどうかによつて決せられることになるが、仮りにその点に関する被告の主張事実がその主張のとおりあつたとしても、未だ西垣が日常家事のため右売買契約をしたものと信ずるにつき正当の理由があつたということはできず、その他本件における全証拠によつても右の意味における正当理由があると首肯させるだけの事情は認められない。(森川憲明)